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■議論の余地しかないかもしれない■
-like a diary-

2003年6月

2003年5月

2003年4月


6月30日
 私は結構犬や猫が好きかもしれない。(好きかもしれない、というのは他の人がどの程度好きか、ということに関心がなかった。)毎晩ジョギングをしているのだけども、今晩善福寺川に掛かる橋の欄干に真っ白な猫が橋の中央あたりでこちらを凝視していた。なかなか猫は哲学的である。雨上がりの霧がかった薄暗い川沿いの緑地の中、橋の欄干からこちらをずっと見ていた。何かを訴えていると言うよりは、私に何かを諭しているようだった。近所で見かける猫たちも、かなりの割合でじっと一点を見つめ何かを考えている。他方、犬は、特に日本犬にいえることかもしれないが、求道的であるかもしれない。辛抱強く同じことを(しかも、私達から見ればさして意味がないと思える行動を)し続ける。一つの無駄なことをし続けることで何かを見つけようとしているとしか思えない。
 哲学的な猫にしても、求道的な犬にしても、生存の確保への努力が軽減されているからこそのことであろう。いわば、文化的でもある。社会的といってもいいかもしれない。さて、犬や猫以上には文化的で社会的な動物でありたいものである。


6月27日
 最近、漫画や舞台などをみていると八十年代や七十年代など過去のシーンを潰走したりする物語が流行っているように思えます。ターゲット層を高めに設定しているせいでしょうか。そんな仮説を立てている時点で、青春時代は一番楽しかった、というような前提があるからなのですが、ところでどうして八十年代・七十年代に青春時代を過ごした人はその頃が一番楽しいと感じたのでしょう。(少なくとも十年前の漫画のトレンドは過去の回想モノは少なかったように思える。)いくつかの作品で私が思うのは、その時代は日本全体にせよ、別の階級にせよ、世界にせよ、未来にせよ、不透明で幻想を抱く余地が今よりも多くあったのでは無いかと思うのです。今更インターネットに原因を求めるのも陳腐ですが、東京は地方にとって別世界であり、自分たちは中級階級で格差など存在しない、大人はなんどもでき、科学は鉄腕アトムを実現できてしまう程の発達しうるものであり、世界は虚無さを感じるほど無限である。そんな幻想を抱けたことが幸せの原因であったように思うのです。(「幻想」としたのは、当時のデータを見ても実はそんな予想が立つ余地など無かった。)夢から覚めてしまてしまうのは悲しいものかもしれません。
 私が見ている夢は一体なんなのでしょう。


6月26日
 クリフォード・ストールと言えば、『カッコウはコンピュータに卵を産む』、『インターネットはからっぽの洞窟』の著者です。もう有名じゃないのでしょうか?四年前、ダイヤモンド社の研究部長の講義を受けたときに「もう古典かもしれないが・・・」という前置きで紹介されていたのを憶えています。
 コンピュータは発展途上だからこそまだ使いにくいのだという擁護論をまだ書いているのが高校生だったりするとなかなかその思考停止の程は、最近の大学受験には不利なのかもしれないのになぁ・・・なんてことを思ってしまいます。ストールは確か、八年くらい前の本で「カラーテレビより古い、生まれて50年にもなるのに赤ん坊扱いしても始まらない」と述べていたように思います。ネットやコンピュータに関して思考を止めてしまう傾向が強い原因が最近気になります。身近にあるはずなのに。「匿名性」・「無秩序」・「マスメディアの崩壊」聞いた文句が古くなっているどころか、そもそもそんな性質を持っていなかったことに気づくべきなのかもしれません。
 ストールは確か、自分がなぜコンピュータを使えるのかは、それは自分がルールに対して従順なせいであり、真にクリエイティブな人々は、ルールが不得手だからこそ、コンピュータが苦手なのだとも説いたような気がします。


6月25日
 なんとなく今日は月に一度の番外編。(男の子向きかな?)

@後天的に発現する遺伝で一番怖いものを選択せよ。
  1.はげ
  2.ぼけ
  3.がん
  4.奥さん選び
  5.寿命
 → さー選んでみよう(・∀・)

Aさて、お父さんを思い返してみよう! <5.以外(笑)
 →見つめなくちゃ現実をっ!!

B子どもに残したくない遺伝を選択せよ。
  1. 馬鹿さ加減
  2. ナマケモノ度
  3. 容姿
  4. 未来への可能性
  5. 親の遺伝
 →いずれも努力すればなんとかなる。

「私は、遺伝子なんて残したいとは思わんしまともな遺伝子持ってねーのに残すんじゃネーヨ( ゚Д゚)ゴルァ!」と叫びたい人はきっと少なくないはず。 私はどうかって?考える必要を感じません。


6月24日
 今人生を終えようという世代には、戦後の経済大国を作り上げたという自負があり、他方で、バカ息子どもが資産を食いつぶし、国を滅ぼそうとしているという現状認識がある。それ自体は実は全く誤った認識で、日本経済だって、土地資本主義という歪んだシステムに支えられ、今現在、既得権益を手放そうとしないのも、その世代だということは、次の世代はきっちりアピールしなければならないのだと思う。  
 遺産は不要だから、そこの爺さん婆さん、選挙と病院に行くのを止めてくれ。と言っちゃ拙いだろうか。そしたら、この国の選挙は、共産党と学会と、その他、ほんの僅かの、政治意識のある人々によって回されることになる。この三者は、自己の理念の実現のために最善を尽くすという方法論において、全く同様の共通認識と行動原理を有している。問題なのは、どう考えてもこの三者が政治を独占した日には、この国の崩壊速度は倍加するとしか思えないこと。八方塞がりとはまさにこのことなんだろう。最近、病院に暇つぶしに巣くっている厚顔極まりない老人たちを見ていて思った。


6月23日
 私の友人の家のベランダには猫が住んでいます。飼っているわけではありません。文字通り住みついているのです。そしてその猫は実はそのベランダで生まれました。そのベランダには友人の使わなくなった布団などが置いてあるので居心地が良かったのでしょう。その猫の母親はそこでその猫を生むことにしたのでしょう。
 そしてなんと、その猫は数ヶ月後、子猫をそのベランダで生むことにしたのです。いまでは、子猫の兄弟が夜通し、そのベランダで網戸に体当たりしたり、やはりおきっぱなしにしてある壊れたプリンターをこわして遊んだりしています。二世代に渡ってそのベランダで暮らしているのですね。ずっとベランダをそのままの状態に放置しているのはどうか、ということは抜きにして、世代を超えて猫が同じところに住み着くこと自体なかなか面白いと思います。猫は犬よりも人間と暮らした歴史が浅いので従順さが浅い、という話がありますが、私は、ピラミッドの壁画にも猫が描かれているくらい猫とのつき合いは長いのに、あとどれほどの歴史が従順さがDNAに刻まれるのに必要なのだ?と思っていました。  
 共に遊び、固まって寝て、助け合っている兄弟たちをみていると、野生の本能を見ると共に、意外と生存以外にも興味を持っていました。ストレス解消しか念頭にない人間よりよほど、高度な生き物だと思います。


6月20日
 今日はリクエストによって池田小学校の事件について。
 宅間被告が、数多ある小学校の中からどうして池田小を選んだのか? 
 その動機を掘り下げる人々はいない。単に入れなかったからなのか? 
 ではどうして大阪人にとってあそこが特別な学校だったのか? 
 付属池田小が大阪においてどういう存在であり、どういうヒエラルキーの人々によって占められていたかをレポートするメディアはいない。そういうことは言わない約束になっている。どうして国がこの手の階級選別的な学校を持っているのか?を追求したメディアはいない。私はそれを腹立たしく思う。  
 子供たちも遺族も気の毒だから、それは触れんといて置こうというのもあるだろうけれど、全く納得できない。事件は事件。公が率先して教育の機会均等を反故にして、一部の支配階層のために税金を支出していた実態をきちんと告発すべきだと思う。
 と、ちょっと前なら思っていたのだけれども、最近はもうどうでも良くなった観もなくはない。それほどまで、出来レースと既得権益に執着し続ける人々に対して社会としての問題意識よりも、自らがこれを見てどうするべきなのか、ということについて関心が移っている。マクロ的な視野はミクロ的な理論構成と実践があってこそ考察可能だと思ってきた。


6月19日
 岡山の友人と話をしていたら今日は天気は大荒れだという。ところが、東京は今日は快晴。台風だから局地天気に天気が変わりやすいのだと思うけれども、なかなか不思議な気分。岡山と東京の間でウェッブカメラで会話したときもかなり新鮮であった。
 コミュニケーション技術の発達などという話はもう十年以上前から言われ続けていることだけれども先端技術(そうでもないか?)の恩恵は実際に「体感」できるようにならないと難しいのかもしれない。ところがこの「体感」はなかなか難しい。各段に成果を見せつけられるようなものでないといけないのかもしれない。携帯電話は徐々に進化し、その進化が二月ごとに降りてきたからカメラがつこうがさして驚きはしない。青色LEDの信号なども視認性が高いかもしれないが、やはり青信号。(技術者の苦労を思えばそれは確かに凄いことなのだが)限界効用逓減の法則というのが確か経済学の用語にあったが、限界効用アップのために必要な技術ハードルの高さ、というのも経済学では議論されていることなのだろうか?


6月18日
 HPで森博嗣が「マイナなものほど具体的であり、ジェネラルであるものほど抽象的である」というようなことが述べられてありました。具体的であれば具体的であるほど内容は専門的になり、趣味の分野であればオタクということになるのでしょう。
 ネットワークの世界を考えてみれば、その黎明期に、電話で済むところわざわざ「メールにして下さい。」なんていって、パソコン通信で敢えて仕事をこなそうとした人たちははっきりいってオタクでしょう。飛行機オタクはパリのファンボロー航空ショーをみた数時間後にわざわざ地球の裏側の日本まで音声カプラーで画像を届けようと四苦八苦したといいます。以前、不自由さから文化が生まれるのかもしれない、と以前かいたけれども、考えてみれば、今日のネットワークの世界はこんなオタクの苦労なくしては花開かなかっただろうし、ジェネラルなものにならなかったのでしょう。オタクの最前線にこそ、各種の流行やビジネストレンドの先端があるのかもしれませんね。(ちなみに、そこまでマイナに突き詰められるほどの根性がない私はオタクではありません。)


6月17日
 さて、今日の話題は何かとトピックにあげている『もののふ』  
 和服を着て、日本人であること、や、「もののふ」っぽさを売りに活動を続けるパンクバンドである。「もののふ」っぽさとは何かといえば質実剛健であるような感じであろうか?インディーズバンドであっても曲を売ることを命題としている。それにはどうすべきなのかふと思いついてしまった。  
 リーダーをみてみても、異常なほど身分保障が提供されている教師の元に生れ、大学受験すら経験せず大学に進学。その他のメンバーもごく普通の日本人家庭である。すなわち、そこには質実剛健を旨とする「もののふ」っぽさは存在しない。そのこと自体は別に構わない。問題は、リーダーを中心とする当の本人たちが実は自分たちは本当に「もののふ」なのだ、という気持ちでやっていることである。これをエンタテインメントの方便としての「もののふ」なのだと意識を変えて活動すればもっと売れるのではないか、と思う。本気で「もののふ」だと思ってやっていることとどう違うのか?それは、パフォーマンスから受ける印象と本人たちの意識が近ければ近いほどエンタテインメントはより正確に伝達できると思うし、魅力も高いのではないかと思うからである。


6月16日
君が嘘をついたその日から僕の苦しみは始まった。
いつだって見つめ合っていた僕たちだもの、君が目線をそらしたときの寂しさは、自分の精神が崩れていくのを実感できたほどだった。
君の笑顔、その瞳の輝き、みんなみんな僕の前だけでしかみれないものだと思っていたのに。
それが、他で光っていると知っても、僕は取り戻す勇気は無かった。
そんな僕の苦しみを尻目に、君は僕に微笑みかえす。
あの日から、春の日差しのような暖かで優しい微笑みは、砂漠で乾きに苦しむ僕に照りつける夏の日差しとなった。
そんな日差しでも、日陰の肌寒さに耐えるよりはましだから、僕は太陽に背を向けることはできなかった。
どうして、僕にほほえむことができるの?
どうして、僕にやさしくしてくれるの?
まるで、何事もなかったように。
遠くない未来に、いうことになるのだろうか、いわれるのだろうか。
「さよなら」


6月13日
 一応テキスト系サイトをしているわけで(公開もしていないし、積極的に宣伝もしていないので「している」という表現が適切だか、甚だ疑問だが)、私もそれなりに他のテキストサイトを見ていたりする。恋愛だけにトピックを絞り、色々な体系化・説明を加えているサイトがあった。そこでの一文。
「なんか、隙がありそうに見える。ちょっとくらい踏み込んでもひっぱたかれたりしないような気がする。明るい、愛想がいい、でもなんとなくボーッとしている。服装も化粧も髪型もわりあいとラフである。んでもって話してみると利発だし意外といろんなことを知っていたりする。」  
 さて、これはどのような女性を表現したのでしょう?
 答えは、「単に近視で眼鏡・コンタクトを外しているだけで、ナメてかかると大変なことになる『危険な女』」らしい。なるほど。「隙」がありそうだが、本当の事情は単に眼鏡・コンタクトが嫌いなため。世の中、多くの不満や行き違いはフタを開けてみると当人には想像できないような事情、しかもそれは往々にしてとても単純な理由、だったりする。そんな可能性を常に残して不満を持たなくてはいけないのかもしれない。


6月12日
 ある人の就職活動中の志望動機や論評をみるバイトをしていたら、企業の質問に対して、自己陶酔に近い、自分の好きな文句を延々と並べている人がいました。(幸いその人はこのページの存在を知らない。)就職なんてものは結婚と一緒で縁なのだと、いつも主張していたけれども、質問に対して答えがあることを自覚して、探すフリくらいはできないと何かと今後も困ったことになると思いました。 少なくとも私は小学生の頃から、何を書くべきか、何を書いたら答えなのか、ということを念頭に感想文なり、作文なりを書いていました。私に限ったことではなく、小学生「にもなれば」、何を書いたら答えなのかを考えて書いています。
 広島で小学生に作文を書かせ読ませている人たちは作文が答えであることを忘れて、さも純粋なる信条の発露としてとらえるのか不思議ではなりません。(話は逸れますが、正解を言い当てた小学生を褒めるために感心していることすら忘れてうなずいている大人にまともな平和教育などは無理なのだろうな、とも思いますが。) 往々にして未成熟・無知の代名詞として「小学生」を用いる人が多いけれども、自身の小学生だったときのレベルを忘れてしまっている人が多いのだと思います。それほど純粋でもないし、「小学生並み」でも小学生はないのです。他方、「小学生並み」で大人になってしまった人は差別化の対象を「小学生」にしか求められないのかもしれませんね。


6月11日
 以前にも話したパーティでの席上。出席者には堺屋太一氏がいた。私は彼の歴史小説は大好きで、彼のファンである。パーティの性質上「××の件、ありがとうございました。」や「○○の件、何卒よしなに。」や「△△で紹介を戴きました□□と申します。よろしく。」などの会話が交わされるが、私は「ずっと尊敬しておりました。握手して下さい。」といって彼の前に出てみた。(実を言うとこのパーティは始まってしまうと用事が無くなってしまったので帰ろうかと思案していたら堺屋氏がいたので勇んで彼のところまでいってみた。)多少彼は驚いたものの「どうも。頑張って下さい。」と握手をしてくれた。
 こんなところでいうのもなんだけれども、実は私は、自分の希望と言うよりは、かなり死者や他人の期待の上に人生を進める原動力をもっていると思う。堺屋氏は、私のことは憶えていないだろう。しかし、彼に言葉をかけてもらった私はがんばろうと思った。今回は別にしても、現在でも、大学時代・高校時代でも本当に多くの尊敬できる人々が私のことを導いて頂き、また、期待をかけて下さった。「人は死者との約束の上に生きている」というコトバがあるが、まさしくその通りだと思う。いつか、彼らの期待に報いること、感謝をわすれないことのみが私ががんばれる理由だといっても過言ではない。後ろ向きと言われるかもしれないが現在の少ない成果の大半はこのためである。


6月10日
 ある人の就職活動中の志望動機や論評をみるバイトをしていたら、企業の質問に対して、自己陶酔に近い、自分の好きな文句を延々と並べている人がいました。(幸いその人はこのページの存在を知らない。)就職なんてものは結婚と一緒で縁なのだと、いつも主張していたけれども、質問に対して答えがあることを自覚して、探すフリくらいはできないと何かと今後も困ったことになると思いました。 少なくとも私は小学生の頃から、何を書くべきか、何を書いたら答えなのか、ということを念頭に感想文なり、作文なりを書いていました。私に限ったことではなく、小学生「にもなれば」、何を書いたら答えなのかを考えて書いています。
 広島で小学生に作文を書かせ読ませている人たちは作文が答えであることを忘れて、さも純粋なる信条の発露としてとらえるのか不思議ではなりません。(話は逸れますが、正解を言い当てた小学生を褒めるために感心していることすら忘れてうなずいている大人にまともな平和教育などは無理なのだろうな、とも思いますが。) 往々にして未成熟・無知の代名詞として「小学生」を用いる人が多いけれども、自身の小学生だったときのレベルを忘れてしまっている人が多いのだと思います。それほど純粋でもないし、「小学生並み」でも小学生はないのです。他方、「小学生並み」で大人になってしまった人は差別化の対象を「小学生」にしか求められないのかもしれませんね。


6月9日
 五月は延々と病に苦しんでいたために、仕事も活動もほとんど出来ずに過ごしてしまいました。といって疲れがとれたわけでもなく、リフレッシュにもならず文字通り「無為」に過ごしてしまったわけです。行ったところといえば病院ばかり。
 そこで思ったことがあります。飲食業界ではよくあることかもしれませんが、サービスや商品の提供方法についてあやふやなままで済ませている業種がある場合、そこに、確固としたビジネスモデルを提供し、顧客サービスの極大化のみを目標としてビジネス展開を図った場合、それは市場を席巻することが出来ます。例えば、それまでの喫茶店業界を接見したスターバックス。異業種でいうならば、アメリカン生命・新生銀行などでしょうか。  そこでどうでしょう、病院にもそんなビジネスモデルを導入してみては。「いらっしゃいませ。承りました、恐れ入りますがそちらのお席でお待ちになって頂けますでしょうか」といって受け付ける事務。「お待たせいたしました。○○番の部屋で診察して頂きます。どうぞこちらへ。」といって出迎える医師。「ご利用ありがとうございました。どうぞ、お大事になさって下さい。お客様のご健康心より願っております」といって送り出す看護師。 たちどころに儲かると思うのですが、どうでしょう。(医師はそれほど儲からない。)大赤字を抱える病院に活路は奈変にあるのか、諭せる人がいないことこそ医療業界の腫瘍の一つなのだと思うのです。


6月7日
「しりとりしようか?」

・・・・・・・

「じゃ、毛虫」
「しお鮭」
「け、けけけけ・・・けん盤ハーモニカ」
「髪の毛」
「またけ!けけ・・・」
「もうないでしょ?」

「・・・あるよ。とっておきなのが。」

「ん?」
「・・・結婚しよう」

「う、だよ」

「うん」
「お前の負けだ。バツゲームはわかってるよね?」  

 以前は、こんなレトリックというか、婉曲したというか、こんな文章を書く遊び心が大好きだったし、何かと考えてみては書き留めていたような気がしないでもない。ジェームズ=ボンドにも通じるかもしれない。
 いま、上のハナシを書いてみて思ったのだが、「以前は」好きだった。少なくとも以前ならば、このままアップデートした。今はこんな風に解説を付けずには語れなくなった。遊び心だけの世界観よりもこんな風に少し「影」をもった世界を書きたくなったのかもしれない。そこにあるのは、大見栄張ってそんな遊び心一杯語れるほど受けた傷も与えた傷もあるということか。次のステップに自分のステージが変わるとき、どんな風に私は人に語りかけられるのだろう。
(参考『プラネテス』3巻・幸村誠・2003年)


6月6日
 先日、ある政治関連のパーティに出席してきました。なかなか大勢の人が集まっていました。
「史上最低支持率だったのは忘れない」「えひめ丸の事故のときゴルフしてたよね」「確かここは神の国だとか?」「許永中には随分世話になっていましたね」「池田大作に何度土下座をしましたら済むの?」「西武グループのA級戦犯はだれでしょう?」「まだ変態?」  
 なんてことを森喜朗や堤義昭や亀井静香・・・などが演説中に誰か呟いてくれればそれはそれで面白かったのですが(勿論私は呟いた)、さすがにそこまでは普通は出来ないわな、とおもっていたら、なんと彼らの演説を感心してうなずく人がなんと多いことか。太鼓持ちするにしてももっと近くで本人に見えるようにしてすべきじゃないか?(私ならそうする)と思うので、やっぱり本気なのでしょう。この世界をかいま見るたびに本当に面の皮が厚い人同士ではないと付き合いきれないのだと感じます。良い製品・良いサービスを提供することがこの国で成功する秘訣ではなく、各業界の乱痴気騒ぎに出席して多くの人の犠牲の上に出来レースの一端に加えて頂くことこそ、富の配分を得られるみたいです。  
 政治の世界では当たり前かもしれませんが、各業界でこんな状態をみるとこの国は本当に「いいひと」によってのみ支えられているのだと気づきます。


6月5日
 『ハリーポッター』についてリクエストがあったので書いてみようかと。  
 私が初めてハリーポッターを知ったのは、『Newsweek』で紹介された、確か、5年くらい前のことだったでしょうか。今でも紹介の内容を憶えています。それは、アメリカ発の多くの子ども向けソフトと違って、フレークにも、歯磨き粉にも、商品化されず粛々と本の内容のみで売り上げを伸ばし、勝負をしているという内容でした。あの紹介からは随分様変わりしてしまっているので私は好きではありませんが・・・。
 ま、映画はなかなかリアルですよね。私が小学生の頃WOWOWでは『ナルニア国物語』などがただただ広大な自然と衣装だけで色々な冒険をしていたのを放映していましたね。
 『果てしない物語』、『モモ』、『チョコレート工場の秘密』、『指輪物語』、『ナルニア国物語』、『ホビットの冒険』・・・。いずれも映像化されたと思いますが、私は小説を読めるようになってからは古典ファンタジーが大好きで一生懸命読んだものです。文字から想像されるファンタジックな世界観は一人一人違うものです。映像化はそんな世界を一つにしてしまいます。映像が存在せず、文字を追わなければいけない不自由さの中にこそ、実は自分にとって本物(リアル)な世界にたどり着けるのです。そして本物こそそこから得るものが多いのではないか、と思うのは以前お話しした「回転寿司」の話(4月23日)と同じ理屈です。


6月4日
 私は以前、試験勉強は○か×かの二つしかない分だけ残酷であり、70点でも60点でも結果が見えるポジションの方が幸せだ、と思っていたし、主張したこともある。しかし、バンドをしている友人が言うことには、自分の当面の目標であるメジャーレーベルの人から声をかけられることが無い限りは、それは毎日のライブの動員人数にかかわらず×に他ならないのだという。このような覚悟が必要なのだと思った。まぁまぁできた、というのは出来ていないのに他ならず、目標に対しては達成か否かしかないのだと思う。 少なくとも、ジャッジが自分で自分に対して行われるものについては、目標が達成できたか否か、ということを判断すべきだと思う。そのような厳しさはもはや自分対自分の関係でしかもてないのだから。


6月3日
 私は以前からずっと思っていたのだけれども、日本ではブロードバンドの普及が遅れたために文字を最大限に利用した文化がネット上に花開いたのだと思っています。それこそ『2ちゃんねる』に代表されるような掲示板や複雑化した顔文字、テキストサイトなどはこのことの象徴なのだと思うのです。これは、ナローバンドでいかにメディアとしてのネットを楽しむか、という命題にネットワーカーたちが知恵を振り絞った成果に他なりません。
 文化は不自由さからこそ、優れたものが生まれるのかもしれませんね。江戸時代、テレビもラジオもない時代にメディアとして生み出されたのは瓦版や浮世絵であり、それが独自の発展を遂げて現代の文化にも反映されていることを思えば、各国のネット事情にあわせた文化の発達が未来にはあるのだと思います。それは、現代のサルが進化しても人間にならないのと同じようなものだと思うのです。


6月2日

 今日から六月。
 今日外に出てみたら、見上げてみてあったのは、夏の空でした。最近この空を見て思い出すのは、メール友達とこの時期に交わす会話になっています。それは、「朝、シャワーを浴びて、外に出てみてもすぐに乾いて本当に便利になったね」ということです。このことをここ数年、毎年思い出してしまうくらい長くメール交換をしている友人が私にはいるのですが、このこと自体も面白いことだな、と思いました。
 それはそうと、五月は体調を悪くしてしまい、病院との往復で過ごしていたら、いつの間にか夏の空が上にあったのです。(この空に油断して、夏服しかタンスに入れておくと梅雨が来て寒い思いをするものだ!)時間が経つのは早いものでもう一年の半分が過ぎようとしています。今年の目標のタイムテーブルを少し早めなければ、と思ったのです。


 



by kiyo